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カタール・ドーハでの9日間の滞在後、
日本へは帰国せず、マレーシアへと向かいました。

 

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滞在は7日間。

主目的は、UCIアジアツアー2.2クラスのステージレース
「ジェラジャ・マレーシア」に出場する
KINAN Cycling Teamの帯同でした。

選手・スタッフの活動については、
チームレポートまたは
活躍を掲載してくださったCyclistの記事をご覧ください。

 

私にとって2度目のマレーシア。

前回もジェラジャ・マレーシアに出場するチーム帯同でしたが、
このときは毎日、首都のクアラルンプールと
その南隣のプトラジャヤとをひたすら往復する日々。

一方、今回はクアラルンプールを出発し、
同国北部を走った後、南シナ海に面したクアラトレンガヌを目指しました。

 

このレース帯同・取材を決定付けたのは、
コース随行するモトバイクに乗車できたことに尽きます。

 

マレーシア・クアラルンプールからおはようございます。
ドーハ、スリランカのコロンボを経て、今日からはジェラジャ・マレーシアに出場するKINAN Cycling Teamの帯同です。
そしていろいろありまして、モトバイクに乗せてもらうことになりました!

さぁ、いい写真をたくさん撮ることができるでしょうか⁉️

しかし何にしても、交渉次第ですね。
「バイク乗りたいんだけど…」と言ってみるものです󾰬

福光 俊介さんの投稿 2016年10月17日

 

レース状況の把握、コース内のどのポイントで撮影するかなどは、
ステージレースを追ううえで特に重要となってきます。

日本のレースに多く採用される、サーキットコースであれば
数カ所での撮影を可能とするのですが、
街から街へ移動するラインレースとなると
どこを定点とするかは、その人のセンスに委ねられます。

もっとも、進行するレースより先回りをせねば撮影はできませんし、
レース終盤にその定点を設けてしまうと、
フィニッシュに間に合わない、といった問題も発生します。

本来であれば、レンタカーを借りるなりして
単独で動ければそれに越したことはないのですが、
なにぶん、マレーシアの交通事情を把握できておらず
万が一事故を起こしたり、巻き込まれたりしようものなら
私個人の仕事ならず、チームにまで影響を及ぼしてしまいます。

 

ちなみに、昨年の帯同では
チームカーに乗ることが多かったのですが、
これはプロトンにより近いところから撮影でき、
またレース無線を通じて状況把握を容易とする一方で、
随行車両はフィニッシュ地点から少々離れた場所へと誘導されるため
最終局面の写真撮影ができないというデメリットがありました。

また、メディアパスを持った人だけが乗車できる
「メディアカー」なるものも走行はするのですが、
レーススタートよりかなり前に出発し、
どこで止まることもなくフィニッシュ地点へと行ってしまう。

昨年、一度だけメディアカーに乗ったところ
5時間近くフィニッシュエリア付近で待たされるという、
それも酷暑の中で、大変な思いをしたので
この手の経験はもうしたくない。

考えに考えた末に導き出した答えが
「モトバイクに乗せてもらう」
という案だったのです。

これが上手くいけば、
プロトンの近くで写真がたくさん撮れるし、
よほどのことがない限りフィニッシュにも間に合う。

さらには、疾風のごとく
マレーシアの道を突き進むことができる・・・という
いささか不純な動機も。

 

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本来は、前もってモトバイク乗車取材の
申請をしておかねばいけなかったようなのですが、
そこは現場での交渉でどうにかします。

 

私「えっと・・・モトバイクに乗りたいのだけれど・・・。選手により近いところで写真が撮りたいんだ」
ドライバー「あぁ、オッケーオッケー! スタートまでに俺たちのところに来てくれよ!」

 

こんな感じのやり取り。

メディア向けにモトバイクを割り当てられていたのは数台のみで、
あとはレースを円滑に進行するためにコースチェックなどを行う要員の
マーシャルバイクばかりだったのですが、
結局マーシャルの大多数がメディアを乗せていました(笑)

日本ではトラブルを未然に防ぐ意味であり得ない展開ですが、
東南アジアのレースはこのあたりの融通が利きやすいのです。

 

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交渉自体はスムーズだったのですが、
スタート間際にドライバーの近くでまごまごしている日本人は
彼らにとって、きっと不思議に映っていたはずです。

開幕してからの2日間は、
「この日本人は誰が乗せるんだ!?」といった
会話がなされていた様子。

マレー語が分からないので、
あくまでも雰囲気から推測しているだけですが、
なかなか私を乗せるドライバーが決まらなかったあたり
そう感じざるを得ない、というのが正直なところ。

 

毎日そんな会話をされてしまうと
「いつかモトバイクに乗れない日が出てくるのではないか」といった
思いに駆られそうなところですが、
そんな不安は、あるドライバーとの出会いでかき消されることになります。

 

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写真は、ドライバーのマンさんと。

第2ステージ以降は、マンさんが
私の撮影に付き合ってくれました。

 

マンさんとのライドは本当に楽しかった。

モトバイク上からの撮影はもとより、
バイクを止めてコース脇から写真を撮りたいときでも
「声をかけてくれたらすぐに止まるから遠慮するな」と言ってくれたこと。

猛スピードのままバンプへと突っ込み、
バイクもろとも宙に浮いて2人で大爆笑したこと。

卓越したドライビングテクニックに安心しきって
つい居眠りをしてしまったときに声をかけてくれたこと。

「明日も乗せてほしい」というと
「明日だけじゃなしに毎日OKだ!」と言ってくれたこと。

プロトンの通過を待っている間、
互いの故郷について語り合ったこと。

 

最終ステージの別れ際に泣くかも・・・と思っていたのですが、
プロトンがフィニッシュに迫っていると他方から伝えられ、
感涙している暇などありませんでした。

互いにバタバタしてしまい、
「あとはSNSで!」と別れたのは
少しもったいなかったですね。

とはいえ、後日マンさんがSNSで
「日本人の友達ができたんだ!」といって
私について書いてくれていたのを見たときは
とても誇らしく思えたのでした。

 

このステージレースですが、
昨年の比にならないくらい
飛躍的にオーガナイズが向上していました。

昨年は会期が数度にわたり変更となり、
やっとの思いで開催にこぎつけるも
スポンサーや警備上の都合から
一度は大会途中での中止が決定するなど
イベントが最後まで行われたことが奇跡ともいえる窮状でした。

しかし、今年はどうでしょう。

オーガナイズは同国で行われる、アジア最大級のステージレースである
ツール・ド・ランカウイに倣い、
もっと言えばルート設定までランカウイに近づけ、
立て直しを図ってきたのです。

 

関連して、メディアチームによる統率も
見事なものがありました。

 

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やたらと仕事に時間がかかっていた私のために
遅くまでメディアセンターで付き合ってくれたスタッフの方々です。

このメディアチームは、
前述のランカウイのほか、同国内でのサイクリングイベントや
モータースポーツなども請け負っているプロフェッショナル。

どこから得た情報なのか、
彼女たちから「昨年の取材時に“すけさん”と呼ばれていたらしいね」と
言われたときにはかなり驚きましたが・・・。

 

取材のクオリティが上がり、
異国で充実した日々を送ることができたのは、
紛れもなく現地での出会いや縁によるものです。

本当は、もっともっと多くの人とつながっていたのだけれど
写真を全然撮っていなかったのが心残りだったりしますが・・・。

ですが、マレーシアへは
この仕事をしていれば今後幾度となく足を運ぶことになるでしょう。

そのたびに、この出会いや縁がきっと役に立つはずですし、
写真だってまた撮ることができる。

 

きっとすぐにみんなと再会できると信じて、
次なる渡航のときを楽しみに過ごすとします。

 

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それでは。

The Syunsuke FUKUMITSU
福光 俊介

 

今日の写真

 

マレーシアの話題をもう少し。

国内外問わず、現地のものを食するようにしていますが、
マレーシアで食して印象的だったのがこの果物。

「ドゥク」といいます。

直径2~3cm程度で、
少々硬めの皮を割ると
いくつかに分かれた実が出てきます。

味は甘めですが、
適度に酸味もミックスされていて
柑橘系の果物を連想させてくれます。

これが美味いんだ!

ビタミンが豊富で、
現地ではザル山盛りで日本円にして100円ほどで
手に入れることができるのだとか。

誰かがモトバイクのドライバーたちに差し入れをしたらしく、
私も彼らからお裾分けしてもらったのでした。

「日本に持って帰ったら?」なんて声もかけられたのだけれど、
本当にそうするべきだったかなと少しばかり後悔。

実際に持ち帰っていたら税関に引っかかったかもしれませんが・・・。

 

camera: FUKUMITSU’s iPhone 7 Plus

 

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